暖簾の文字は、長嶋巨人軍終身名誉監督によるもの
こちらのお店、皆さんもご存知かと思いますが、元巨人軍のピッチャーだった條辺さんのお店です。
引退後、奥様と香川の「中西うどん」で修行され、お店を開いたとか。
数あるうどん屋さんの中でここを最初に訪れたわけは、店主が元野球選手だったというよりも、讃岐で修行された場所が、ぼくの父方の祖母の実家近くだということ。
その修業先は、琴電の太田駅近くにある「中西うどん」。
祖母の実家は、太田か仏生山(すごい名前の駅だ)近くにあって、幼少の頃に一回だけ行ったことがあります。
祖母の弟の当主のおじさんは頭が小さく、僕も頭が小さいのは、その家系の影響と言われたのを覚えています。
おじさんは学校の数学の先生で、祖母の家系は教育者家系。
父と母が結婚したのは、教育者家系同士の縁だったから。
母方の祖父も高校の先生でした。
ちなみに、祖母の実家は、名字が漢字三文字で、他で聞いたことがない名前。
祖母も、編み物教室、生け花教室、茶道教室、着付け教室を沼袋で開いていたので、妙齢のお嬢さんたち(当時の僕から見れば、大人のお姉さんたち)がたくさん、父の実家に夜にやってきて、二階の部屋で長い座机で生け花やっていました。
二階には、生け花用の大きな流しがあり、床の木の板が外せて床収納になっていたり、向かい側の部屋は茶室で、囲炉裏?が真ん中にありました。
そんな懐かしさも手伝って訪れた、上福岡は以前来たことがある街です。
中野にいた時とは、全くルートが違う、川越回りで向かいました。
台風が近づく中、やはり夏なので、ぶっかけの冷やし。
たまご天もつけて。
やはり、この香川方式にセルフスタイルが馴染みます。
コシがあって太いうどんは美味しい~
出しがどうかとかよりも、うどんは麺のコシ。
実家と妹夫婦の所へのお土産の持ち帰りセットも買って。
やっぱり、僕には、うどんが馴染みます。
高松には小学生以来、琴平、善通寺、満濃池には初めて行ってみたいのだが、頼みの夜行寝台「サンライズ瀬戸」は、西日本豪雨の被害の影響で運休が続いています。
琴電(ことでん)こと、高松琴平電気鉄道は、三路線からなるローカル鉄道。
一度、会社更生法の適用を受けてから、あの加ト吉などの支援を受けて敬遠再建しています。
昔は、琴平参宮電鉄(ことさん)というのもあったが今は琴参バスになっています。
マスコットがイルカなのは、琴電不要論が沸き起こった際の「いるか?いらんか?」から。